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文章書きになりたいけど① ~書けないわけ~
2006/09/27(Wed)
 小説がかけなくなったんです。
 って私よく言うようになりましたけれど、一番の原因は集中できないことにもあるんじゃないかな、と思います。本を読まなくなった事もあると思います。以前に比べて、集中力は遥かに落ちています。たまに集中して物事ができると、かなり楽しいですけれど。
 集中するのが好きなのに集中できなくて、集中しているとふと、時間が気になって短時間で集中が終わってしまう。

 ……そんなことの繰り返しを行いながら、たまに集中してかけたりもしますけれど、私の文章が、以前に比べて「自分好み」ではなくなったことをつとに思います。
 緊迫感が出せない。主軸がごっちゃになってきている。

 ……昔の自分の文章を酷く思い出します。

 作家を目指す方々のお話を、読む時間が今日ありまして。
 自己満足の小説。というのが頭に残っています。
 自己満足……HPのためだけにかいた、自分のためだけに書いたのは詩人以降だと思います。
 枚数制限をつけたりすると、話に「無理やり」がにじみでる私は、長編と呼ばれる300枚程度の枚数におさめるということが、酷く苦手です。最近よく思い出す言葉「帯に短し襷に長し」。掌編もいいところの掌編を書いてみたり、長編もいいところの長編を書いたりしています。当時書きたいことと枚数がかみ合わないから、投稿しようとする作品があれこれほころびが出るわけで。

 でも、実をいえば、作家を目指すとなると、枚数の調整もできるようには、ならないといけないのですよね。
 んでもって、クリオリティ高く、人に共感されるように。
 ……オリジナルな世界を作り上げるのに必死な私は、根本から作りすぎて、説明するのに時間がかかりすぎている気がする。さらには様々な要因がある事件を創りすぎている気がする、最近。

 一番最近一気に公開した自作の長編。
「黒金の風」
 これは投稿用に書かれて結局投稿されずに終わった品ですが、最初から300枚に収める、という意気でかかれて、世界観も結構単純だったかと思います。300枚以下に納まった、珍しい作品じゃないかと。(苦笑)
 ただ……公開してて言いますが、私の弱点がむざむざと現れた小説では、ありますよね。
 私の弱点は、キャラを出しすぎだ。

 まぁ、それはまたこんど。

 かけないわけ。
 私は自己満足の世界で書いていたんじゃないかな、と思います。
 当時も今も言っている、自己満足だったんです。
 そして自己満足以外のものを、得ようとしなかった。人の共感を得ようともがくたび、自分の目で見ても、物語の、筋の、曲がった作品が出来ているようなきがする。
 私は、私の筋で書き続けていかなければ、自分が満足する小説も、他人に共感を得る小説もかけないんじゃないかと思います。

 はたして、それでいいのでしょうか。

(続く)

 無心で書くことができなくなった私は、筆を置いたのかもしれません。
 私が書くときは、自分も同じ世界にいるつもりでかきます。だから前までは前から順番にしかかけなくて、思いつきが反映してぐにゃりぐにゃりと曲がり続ける。
 そして、途中から思ったんです。リレー小説、自分の番を書いている最中に、ですけれど。

 私は登場人物の肩に手を置いて、同じ目線で同じものが見られるようにしよう、と。主人公の目線でかいていこう。

 大抵私が作る登場人物は勝手に動き回ってくれるので、ついていくだけで充分なんですが、最近は、登場人物が動いてくれない。

 えいっ、と背中を押して動かしている気分です。
 ほらっ、と手を引いて動かしている気分にもなります。

 それは、登場人物の心から動いているわけではなくて、私の心で動かしているからじゃないだろうかと、思い始めてきました。

 ……そんな理由があるから、私は恋愛を描くのが苦手です。どこか、理解できない理由が、恋愛にはあると思うのですよ。そして私は恋愛というものを、よくは、わからないでいる。(どこかにも書いたかもしれませんが、どこか淡白なせいだと思いますけれど。)


 ……もう一度見直してみようかな、と思います。
 今書いている小説に出ている登場人物たちと向かい合って、貴方は何を考えているのだろう、と感じ取れるようにしなければ。

 たとえば貴方が醜い感情でもってあの人を愛して、そして殺して。それでも私は構いません。そして死んでしまったのだとしても。
 貴方の人生なのだから。そして私の心でもあるのだから。
 醜い部分がたくさん見えるでしょうし、今は……何故か今、私は「心の闇」に立ち向かえないでいる。完璧でありたいと思っている。だから、耐えられなくて目を閉じてしまうかもしれないけれど。

 たとえ、自己満足の世界なのだとしても、私は、一度原点――登場人物たちに戻らなければならないような気がします。

 何より、自分が書いていて「楽しい」と思えた小説こそ、「面白い」小説なんだと信じていたいです。客観的に見たときにどんな気持ちになるのか、私は自分の小説を客観的に見られているのか。
 わかりません。
 他の人が読んでも分かりやすく書こうとしています。けれどそれが本当に他人にとって読みやすいのか。
 わかりません。

 だから、わからないうちは、もがきながらこのままいくしかないんですよね。

 私は、登場人物と共に歩む小説を書いてきた。そしてそれが私の小説だったんじゃないかと思います。でも、それがかけなくなってきた、私が歩む小説になってきた。
 だから、私はかけなくなったんじゃないかと。

 私は書いている小説の世界の中でだって、神様じゃありません。出来ることなら輪にはいりたいなー、とかそういうことを考えて書いてる、ただの一読者に過ぎない部分もあります。

 私は、私の小説を書いていくしかないんです。
 それが他人に言う自己満足の世界だったとしても、それは仕方ありません。その中でどれだけ分かりやすい文章を書くのか、に私は読者の共感を託すしかありません。

 そういう意味で、私は作家に向かないのかもしれません。
 でも書き続けようと思います。書き続けていかなければならないような、気もします。書き続けていくうちは、私は生きているから。生命として、ではなく、“私”として。

 私は、世界観を描くのではなく、人を描きたい。
 それを、何故だかすごく忘れていたような、そんな気がします。
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